2010年12月 のアーカイブ

#30 山崎貴裕

どうも、院生応援団長なる肩書きも追加された院生長距離チーフの山崎です。
いつの間にかこんな時期になり、一年は早いですね。
前回は余裕がなく東京タワーの話だけだったので、今回は自分の陸上史(中学校編)について話をしようと思います。長くなってしまいそうです。

なぜ、私が陸上を始めたのか。それは中学の部活選択までさかのぼります。
他にもこういう方はいると思いますが、単純にスポーツ系の部活がしたく、球技が下手だったので陸上部を選んだのです。それと、父親が陸上をやっていて高校時代に2000mSCで関東大会まで行ったと聞かされていたのでその影響もあります。

入部当時は高跳びと1500mをやっていました。小学校時代に地区対校の陸上競技会で高跳びの選手だったから高跳びを選んだのです。中1で140cmは飛べました。1500は初めは6分切れませんでした。中1の夏にオスグット病という膝の成長痛に悩まされ、それ以降は中長距離専門になります。中1のベストは5’20と11’15だった気がします。

中2で4’57まで伸びます。中2までは陸上の顧問の先生がちゃんといて、メニューも毎日作ってくださって、それをこなすというものでした。

中3になるとその顧問の先生が異動で他の学校に行ってしまい、新たに顧問に着任したのがサッカー部の顧問も兼任している陸上初心者の先生でメニューなどの作成は全て生徒に任せっぱなしという放任に代わりました。それからは私がメニューを作り、今では考えられない毎日ポイ練という過酷な練習をこなしていました。そのおかげもあってか中3の通信で1500mを4’36の大幅自己ベストで走り、2位となり県大出場の権利を得ました。レース中、友人からの「県大行くんだろ!」という応援が今でも頭に焼きついています。まぁその時は強い選手2人 (現理科大院M1徳永君含む) が欠場してたんですけどね。県大は確か予選敗退でタイムは4’39だったかな。ちなみに通信前の4月の大会(名前忘れた)は欠場しています。昼休みのサッカーでオーバーヘッドキックをやったとき、着地が悪く足の付け根をやっちまったからです。アホでした。

県大後は中学駅伝の地区予選に向けて練習の日々でした。夏に走りまくったせいで股関節を疲労骨折しましたが、カルシウム飲料ガブ飲みで驚異の2週間完治。夏にかなり鍛えられたおかげで駅伝は1区で区間賞取りました。トラックで全く勝てなかった相手に勝てたので大満足でした。タイムは3000mに換算すると9’30くらいです。このおかげで春日部東からお呼びがかかりました。

駅伝後も陸上部で活動していくつもりだったのですが、先生たちが受験シーズンということで3年生に部活禁止令を出したため、部活に参加できなくなりました。私は部活を一番に考えて中学生活を過ごしていたので非常にショックで、それを言い渡された日の午前中は悲しくて泣きまくってました。授業中も泣きまくり、給食も泣いてました。友人とともに抗議に行きましたが無駄でした。公立校なんだからそこまで厳しくなくていいじゃないかと今でも思います。

この一件があって私は高校を春日部東高校に決めました。本当は県下トップの浦和高校を志望する予定でしたが、この「勉強が最優先」みたいな中学の先生たちの対応が気に入らなかったので当時陸上の強かった春日部東高校に進学しました。先生たちに人生は勉強だけじゃないんだ!というのを行動で示したかったのだと思います。もちろん春日部東の顧問の先生に声をかけてもらったというのも志望理由の一つです。これは自慢ですが、春日部東高校には、2004年のインターハイで前日の高熱でモグスには及ばないながらも日本人1位になった高橋和也先輩、今や市民ランナーの鑑である川内優輝先輩が私の一つ上の学年にいました。

ちなみに中学3年の時は生徒会長をやっていました。意外ですかね?選挙時のマニフェストは「校歌を大きな声で歌う」です。集会で校歌を大きな声で歌い過ぎて先生に怒られたのはいい思い出です。生徒会の会議で月間の目標を「時間を守る」としたにも関わらず、昼休みギリギリまでサッカーして先生に怒られたり、給食当番だったのに雪が積もった校庭に駆け出して先生に怒られたり、中学の思い出はたくさんあって次々出てきます。

次はメタボリックな好青年、竹俣直道兄さんお願いします。
どうですかこの人選?皆の予想を裏切ったでしょ?

それでは良い箱根を。

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#29 大体院生ブログ一周か – 松本光一

まだ当たっていない人もいますが、院生ブログは大体一周しましたね。
現在実家のある静岡県藤枝市に帰省しておりますM2の松本光一です。
明日は祖父、祖母のいる愛媛に移動します。
今回は研究と陸上について書こうかと思います。
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#28 木内久雄

メールチェックを忘れていたため、かくのが遅くなりました。

中距離所属4年の木内久雄です。元部便り主任でした。花子さんに「われらがチーフ」と書かれたのはあだながチーフだからです。きうち->きうちーふ->チーフと学部一年のころに定着しました。以来、先代の中距離チーフには迷惑をかけました。わからない方は石川さんに聞いてみてください。また、毎年入ってくる一年生が僕のことを中チーフだと夏合宿まで勘違いしていることもありました。僕はただの「チーフ」であって、何かのチーフではありません。元とか前とかつきません。

現在の所属は工学部応用化学科尾嶋研究室です。来年も同じ研究室にお世話になる予定ですが、僕がM2を卒業するときになくなってしまうので、Drにいくなら色々考えないといけないですね。行くならですが。

現在のテーマは燃料電池用カーボンアロイ正極触媒の酸素吸着特性に関する研究。いろいろありまして普段は東大ではなく、東工大大岡山キャンパスにいます。定期的に兵庫のSPring-8にいったり、つくばのPFにいったりと、この中では移動距離は一番多いのではないのでしょうか。国内では。

現在のベストは

800m 2’02″30

1500m 4’14″50

5000m 16’17″66

です。3,4年の時はけがとか調子崩したりで練習をつめた状態で試合に望めなかったので、伸びませんでした。院生はさらに時間もなくなりますが、時間がなければいかにして作るかがポイント。がんばります。

先週は装置を壊し、今週はその装置の修復を手伝うなど、4年生にしては色々とヤバイことを経験し研究生活にのめりこんでいます。陸上競技生活にもどんどんのめりこみたいものです。

東京マラソンに記念で申し込んでみたらあたったので、そこでけがをしないためにもしっかり走りこんでそこを最初の目標にして頑張ります。ちなみに期日は卒論発表の1週間後です。

今後もよろしくお願いします。

次は前院生長距離チーフの松本さん、よろしくお願いします。

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#26 赤木 裕

かの近藤さんにご指名いただきました、赤木裕です。

書くのが遅くなってしまい申し訳ありません。

この10月まで陸上運動部の副将を務めさせていただきましたが、副将といっても大したことはしていません。

全て同期のみんながしっかりしていたおかげで、無事任期を終えることができました。本当にありがとうございました。

 

現在の所属は、農学部応用生命科学課程生命化学・工学専修で、

きちんと単位が揃えば、来年は大学院(農学生命科学研究科応用生命化学専攻)に進学します。

単位がそろえば…

卒業に現在赤信号がともり、かなりの留年の危機なので、先行きが非常に不安です…

ちなみに、研究テーマは「コラーゲンやセラミドを食べてほんとに肌に効果があるか?」で、それを皮膚細胞を使って調べてます。

 

それはさておき、専門種目は400mと400mHで、自己ベストは

400m→51″24(2009/09)

400mH→55″67(2009/8)

です。

今シーズンは自己ベストを更新できませんでしたが、来シーズンこそは自己ベストを更新したいと思います。

そして、大学院を修了するまでに一つでも上の大きな大会に出場したいと思います。

僕は弥生の住人なので、なかなか駒場まで通うのは大変ですが、目標に向けてしっかりと努力していきたいと思います。

 

最近のマイブームは、ラムネとグミを食べることです。

 

では次は女子主将だった高山花子さんにお願いしたいと思います。

はなこ、よろしく〜(・ω・)/

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#25 近藤尭之

神様から御指名いただけるなんて恐悦至極に存じます。
でも別に「いよいよ」と言っていただけるほど書くことを望まれいたとは思えませんよ、ふくがみさま。

というわけでこんばんは。来年度から工学系研究科応用化学専攻修士課程に進学予定の近藤です。
現在は強誘電体について研究していますが、いかんせん学力の方が残念なために第一志望だった今の研究室には落ちてしまい、来年度からは研究テーマは変わります。まあその前に現在実験が全然上手くいかなくて卒論が詰んでる感があるので、まずはちゃんと卒業できるように頑張ります。

競技の方は800mが専門です。自己ベストは
400m:54″15(2009/7)
800m:1’59″57(2010/11)
1500m:4’22″32(2009/11)
5000m:17’48″53(2008/12)
です。
800mに関しては学部最後の試合(といっても最後を引きのばしてあがいたわけですが)でようやく一つの目標だった一分台を出すことができました。その試合が東大競技会だったので、本当にみんなの応援がよく聞こえて力になりました。現役部員のどれくらいがこのブログを見ているかわかりませんが、今一度感謝の言葉を述べさせてください。本当にありがとうございました。
まあこの最後の試合で一分台を出したことで、ここで競技をやめるのも終わりの形としてはありかなと思ったこともあり、院でも競技を続けるかどうか結構迷っていました。でも折角競技を続けられる環境があるのにここでやめてしまうと、後々に後悔する気がしたので、続けることにします。日本記録保持者のあの横田さんも「失敗よりも後悔を恐れろ」とおっしゃっていますしね。

競技を続けると決めたからには全力で競技に取り組みます。自己ベストの更新はもちろん、もっと上のレベルの記録を出して、もっと上のレベルの試合に出られるように。
不器用な人間なので研究をしながらの競技生活はなかなかに大変だとは思いますが、大変なのは他のみんなも同じだろうし、院チームのみんなで支えあいながら上を目指していければと思っていますので、今後はよろしくお願いします。

何かまじめな感じになってしまった。本当はタイトルとかにネタを入れようと思ったんですけどね。ひよりました。

さて次は、僕らの代の頼れる副将だった赤木にお願いしたいと思います。よろしく。

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#23 西田昂広

イケメンすぎるwalker、早川からのご指名なんて光栄です。4年の西田です。自分もあんなにイケメンになりたいものです。

来年度からは理学系研究科地球惑星科学専攻修士課程に進学します。先輩方、よろしくお願いします。なぜか研究室内では「P」と呼ばれている小福田先輩と同じ研究室に所属することになります。

自己ベストは

走幅跳  7m18

三段跳  14m26

100m  10秒81

200m  22秒16

こんな感じです。生粋の跳躍選手ですね(笑)

高校時代は高3の南九州大会@沖縄でスパイクを熊本に忘れるというボケをかまして終わりました。沖縄での3回目の練習で初めて「あ…これ…違う…」って気付きました(笑)

大学に入ってからはそんなことのないよう、試合の時はスパイク、ユニフォーム、ゼッケン等、競技場に着くまでの間に何度も何度も確認します。

バイト先や研究室等で自己紹介をするときに、上司や教授から「100mを10秒台で走る」という補足説明が入ります。

そんな時、跳躍選手は実は少し傷ついています(笑)

「ちょっとは察してください!!」って言いたいところですが、

その方が初対面の相手には伝わりやすいらしく、

最近は、自分から「100mを10秒台で走ります!!」

って言えるようになりました。適応です(笑)

話はそれましたが、学部での競技結果は満足とは程遠いものでした。

このままでは終われません!!終わらせません!!!

幸い(?)院生になるということで、まだ「全カレへの道」は続きます。

研究でなかなか時間は取れないとは思いますが、

研究室が駒場キャンパス16号館という好立地にあるので、

今まで以上にバリバリ練習します(笑)

修了までには

走幅跳  7m70

100m  10秒50

これくらいにはなります。

温まってきたので、ここで一言叫ばせて下さい!

なぜ熊本チームは今年の国体リレーで俺よりもシーズンベストの遅い人(成年2人)を使ったんだ!!!

…わけがわからなくなってきたところで、次は駒場の神、「福神」に頼みたいと思います。

きっと神様からのありがたい言葉がいただけるでしょう(笑)

よろしく、福神!!!

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#22 早川晃司

2011年4月より、法学政治学研究科法曹養成専攻専門職学位課程に進学予定の早川です。
この度、自分の進学先の正式名称を初めて知りました。長っ!
いわゆる法科大学院(ロースクール)ってヤツです。
結構ガチ院試なので、ここ2ヶ月ほどはかなり追い込まれていましたが、運も駆使して何とか合格できました。
ただ、あと4単位ゲットしないと卒業できないので、ちゃんと院チームの仲間入りを果たせるよう頑張ります(笑)

<running>
5000m 16’14″69(2007年12月) 箱根予選会有効記録16’25″88(2010年7月)
10000m 34’55″88(2010年11月)
20km 72’44(2010年10月)
ハーフ 75’04(2007年11月)

<race walking>
5000mW 21’06″56(2010年4月)
10000mW 43’57″57(2010年3月)
20kmW 1:31’24(2010年3月)

走る方は高1春から、歩く方は大2夏からやってます。
最近は、冗談半分で始めたwalkの方が専門に……。

とりあえず冬シーズンの目標としては、
・2011年2月20日、日本選手権20kmWで世界陸上テグ大会日本代表
・同年3月13日、日本学生20kmWでユニバーシアード日本代表
ということにしてあります。
今の状態を考えれば夢のまた夢ですが、まずは体力を戻すことから!!

大学院でも2種目並行でやっていければと考えていますが、走る方も大好きです。
今年初めて走って悔しい思いをした箱根予選会でリベンジできるよう、院生長距離チームの皆さんと頑張りたいと思っています。
直近で「陸上部主務→ロースクール→新司法試験合格」を果たされたたくのりさんからは「そんなヒマないぞ」的な話を聞いているのですが、出来る限りは競技を続けたいのでよろしくお願いします。

次は、渡邉か西田のどっちかに当てます(笑)

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#20 武安光太郎

昨日久しぶり(3.5ヶ月ぶり?)に合練に参加したら、監督の策略で、

流し、技練、200mレペ×2、バウンディング100×3

というフルメニューをやってしまい、今日一日身動きがとれなかったM2の武安です。

倉員さんから、結婚式の披露宴ぶりにバトンを受け取りました。

またグラウンドでもバトンをつなげる機会が欲しいものです。。。

身長197 cm

高跳160 cm

幅跳719 cm

三段1474 cm

今は、固体表面の電子状態が気体分子の吸着によってどのように変化するのかを調べています。

気体がつくだけで電気が流れなくなったり、磁性が変化したりと賑やかです。

でも見るのが難しいです。

量子論の世界がそのまま見えつつも、根岸カップリングみたいな反応の理解につながっていくので、はあはあ興奮しています。完全に二次元萌えです。

Dr進学後は、どれだけ試合に出るかは分かりませんが、昨日まだまだ意外にいけることが分かったので、来年から駒場リサーチキャンパスB棟で一緒になる定金氏と勝負できるようにがんばります。

というわけで、定金氏よろしこ

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#19 倉員智瑛

コフちゃんからバトンもらいました。
ちなみに彼についての思い出は、

米田先輩「いやあ将棋で俺の右に出る人はそうそういない的ななんちゃらかん
ちゃら」
コフ「やりましょう」

-コフ圧勝-

米「いや俺の専門チェスだからなんちゃら」

です。

総合文化研究科でM2やってるくらかずです。
ココ→http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/
バイオやってMEMSやってます。
リポソーム(人工細胞)に尻尾生やしてぴよぴよぴよーっと動かしてわあ嬉しいなって研究やってます。
来年から社会出て半導体やります。

現役時代は跳躍パートでした。
2006年度跳躍パートチーフ
2007年度主将
あのころは人生の1/3は空中にいました。

自己記録:
三段跳 14m86 (2007大4引退試合の京大戦)
100m 11″19 (2003高3)
100mワースト 44″44 (2004浪1)
フルマラソン 5:48 (2008大5)
バンジージャンプ 78m (2010M2ポーランド)

では次は東京が生んだウサインボルト、武安君2mです。
彼とは高校時代から同じ競技で数々の名勝負を繰り広げました。
まあ最後は僕が勝ちましたけど。
ちなみに彼は僕と二人でドライブしている間に奥さんをゲットできるテクニシャ
ンです。

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平成国際大学競技会結果報告

5000m
松本(M2)、石川(M1)、山崎(M1)

10000m
増田(D1)

出場した人は結果、反省をコメントお願いします。

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